歴史上の主な計算尺

歴史上の主な計算尺

ここでは、計算史上に名を残す、計算尺を紹介します。近年の計算尺は、一企業の宣伝になってしまいますので、19世紀ごろまでに登場した計算尺を紹介します。

1単位対数尺と2単位対数尺

計算尺史上できわめて重要なのは1単位対数尺と2単位対数尺です。1単位対数尺とは、尺いっぱいに1から10までの目盛をつけるもので、現在のC尺やD尺にあたります。一方、2単位対数尺とは、尺に1から100までの数字をつけるもので、現在のA尺やB尺が対応します。

以下で説明しますが、現在では1単位対数尺を用いて掛け算割り算を行っていましたが、計算尺が作られたころは2単位対数尺で行っていました。1単位対数尺では、うまく計算を行わないと目外れを起こしますが、2単位対数尺ではよほど変な操作をしない限り目外れは起きません。

1620年 Gunter's scale (ガンターの目盛り)の発明

計算尺とは、log(f(x))の式に従って、数字を尺にしたものです。

対数の数の尺をはじめて作成したのは、エドマンド・ガンター(Edmund Gunter, 1581-1626)です。彼はロンドンのGresham College(グレシャムカレッジ)の天文学の教授でした。

1619年に同じくグレシャム大学で研究を行っていたブリッグスが常用対数を発見しましたが、その翌年の1620年にガンターは常用対数を尺度であらわすことを考えました。

彼が作成した目盛りは、現在「Gunter's scale (ガンターの目盛り)」と呼ばれています。これは、log(x), log(sin(x)), log(tan(x))などの式に従って、普通の対数の目盛りと、それに並べて三角関数の対数の目盛りを書いたものです。具体的な目盛りを次の表にまとめます。

尺の略号 尺の名称 尺の名称
S.R. sines of the rhumbs 方位の正弦
T.R. tangents of the rhumbs 方位の正接
Numb. numbers 真数
Sines sines 正弦
V sine versed sine ヴァースト・サイン
Tangents tangents 正接
Merid. meridian line メリジアン
E.P. equal parts 等分目盛

Numb.がもっとも基本な尺です。これは1から100までの目盛りが対数で振られており、現在で言うA尺、B尺にあたります。Sines, Tangentsは現在のS尺、 T尺に対応しますが、基本となる尺Numb.がA尺に当たるものなので、Sines、Tangents尺もA尺対応の目盛りとなっています。

Gunter's scale は2フィート(=60.96cm)の長さでした。また、現在の計算尺では滑尺とカーソルを利用して計算をしますが、Gunter's scale では、コンパスを利用して計算をしていました。

Gunter's scale はいろいろな尺があり、計算尺の基となったものですが、厳密な意味で計算尺ではありません。日本語では「計算尺」=「計算に利用する尺」と考えれば問題ないように思われます。しかし、英語では「Slide Rule」=「滑る定規」と言います。海外で作成された物の定義は海外の言葉でされるのが自然でしょう。スライドできなければスライド・ルール(計算尺)ではありません。

Gunter's scale はたださまざまな目盛りが対数で振られているだけのものであり、現在の計算尺の滑尺に対応するものがありません。したがってGunter's scale は厳密な意味での計算尺ではなかったのです。

1632年 William Oughtred による計算尺の発表

計算尺を始めて作成したのはWilliam Oughtred です。このことについては、1632年にWilliam Forster によって出版された本の中で紹介されています。(正確な発明年は不明です。)

下記の参考文献には円形のものに関して詳しく紹介されています。

位置(外側から) 具体的な尺の内容 現在の尺名 範囲 目盛りに刻み
1番目 Sines (サイン) S尺 5度45分~90度 5度45分~30度…5分
30度~50度…10分
50度~75度…30分
75度~85度…1度
85度~90度…5度
2番目 Tangents (タンジェント) T1尺 5度45分~45度 5分
3番目 Tangents (タンジェント) T2尺 45度~84度15分 5分
4番目 unequall Numbers (対数目盛り) C尺・D尺 1(=10)~10 1~5…0.01
5~10…0.02
5番目 equall Numbers (直線目盛り) L尺 0(=10)~10 0.01
6番目 Tangents (タンジェント) なし 84度~89度25分 記述なし
7番目 Tangents (タンジェント) ST尺 35分~6度 記述なし
8番目 Sines (サイン) ST尺 35分~6度 記述なし

ここでひとつ注意があります。円形計算尺は、現在ではコンサイスが有名ですが、コンサイスの計算尺と、Oughtredの計算尺では目盛りを振る向きが違っています。すなわち、コンサイスの計算尺は時計回りに数字が大きくなっていきますが、Oughtredによるものは反時計回りに数字が大きくなっていきます。

イギリス計算尺

尺の位置 尺の略号 尺の説明
上の固定尺 2単位対数尺
滑尺の上 B 2単位対数尺
滑尺の下 C 2単位対数尺
下の固定尺 D 1単位対数尺

初期の計算尺は、このようなタイプのものが多かったようです。つまり、A, B, C尺が2単位対数尺で、D尺が1単位対数尺のものです。掛け算割り算は2単位対数尺を使い、平方・平方根の際に1単位対数尺を利用していました(C尺とD尺を利用)。

このころ、尺の名前は、現在のように尺の特徴(滑尺にある2単位対数尺といったこと)を表すものではなく、ただ単に位置(滑尺の上といったこと)を表すものでした。

マンハイム計算尺

尺の種類

フランスのアメデー・マンハイム(1831-1906)は、次のような計算尺を発明しました。

尺の位置 尺の略号 尺の説明
上の固定尺 2単位対数尺
滑尺の上 B 2単位対数尺
滑尺の下 C 1単位対数尺
下の固定尺 D 1単位対数尺
滑尺の裏の上 2単位対数尺対応sin尺
滑尺の裏の中 L 等分目盛
滑尺の裏の下 T 1単位対数尺対応tan尺

マンハイム計算尺の功績のひとつはC尺を1単位対数尺としたことでしょう。

実際に使用する際では、昔からのしきたりから掛け算割り算では2単位対数尺を利用していたようです。また、平方関係の計算の際には、カーソルを用いて、A尺とC尺で計算していたようです。

イギリス計算尺とは異なり、マンハイム計算尺では尺の名前は尺の特徴を現すものとなりました。つまり、A尺といえば、固定尺にある2単位対数尺をあらわすようになったのです。これは現在まで続いています。

S尺とT尺の対応の違い

マンハイム計算尺では、S尺は2単位対数尺対応なのに対して、T尺は1単位対数尺対応になっています。これはなぜでしょうか。

これに何らかの意図があるとすれば、それは微小角の計算をするときを考えてのことだと思われます。6度以下の微小角の範囲では、sin=tanと見て問題ありません。そこで、この範囲のsinやtanを求めるときにはsin尺の左半分を利用すればよく、tanまで2単位対数尺対応にする必要がありません。そういう理由で、sinだけが2単位対数尺対応となっていると考えられます。

なぜCI尺がないのか

マンハイム計算尺においても、A尺とB尺を用いて掛け算割り算が行われていました。CI尺は、1単位対数尺であるC尺とD尺での掛け算割り算をスムーズに行うために利用されるものです。つまり、高い精度と、速さを必要とするような状況以外、CI尺の出番はなかったのです。そういう理由でCI尺がないものと考えられます。

リーツ計算尺 (1903年)

尺の位置 尺の略号 尺の説明
上の固定尺(上) 3単位対数尺
上の固定尺(下) 2単位対数尺
滑尺の上 B 2単位対数尺
滑尺の下 C 1単位対数尺
下の固定尺(上) D 1単位対数尺
下の固定尺(下) L 等分目盛
滑尺の裏の上 1単位対数尺対応sin尺
滑尺の裏の中 S&T 1単位対数尺対応微小角尺
滑尺の裏の下 T 1単位対数尺対応tan尺

リーツ計算尺は、マンハイム計算尺の表面にK尺とL尺を置き、さらに、S尺を1単位対数尺対応にし、S&T尺を合わせたものです。ここで最大の注目点は、S尺を1単位対数尺対応にしたことです。マンハイム計算尺においてはS尺とT尺で対応が違いましたが、リーツ計算尺では1単位対数尺対応に統一されました。現在の片面計算尺でも、このタイプのものは多く流通しています。

ビーヒン計算尺 (1907年)

A, B尺の変わりにルート10切断のずらし尺度DF, CF尺を置いたものです。

ダルムスタット計算尺 (1925年以降)

ダルムスタット計算尺の特徴は滑尺の裏面です。従来滑り尺の裏面に来ていたS尺やT尺は計算尺の側面に移動し、その位置に1.01~105のLL尺を配置したのです。また、S尺に対応するcosを目盛ったルート(1-x2)をD尺の下に配置しました。微小角については、ρ', ρ''というゲージマークを利用して考慮しました。

参考文献

このページは、「A histoty of the logarithmic slide rule / F. Cajori」「計算尺発達史, 宮崎治助, オーム社, 1956」を基に作成しました。

私はこの本を東京大学付属駒場図書館で見つけました。「String figures and other monographs, by W.W.R. Ball ... [et al.], New York : Chelsea, 1969」です。この本は複数の本からなっていて、その中の「A histoty of the logarithmic slide rule / F. Cajori」が計算尺の歴史について書かれています。この図書館では集密に収められていました。

なお、この「A histoty of the logarithmic slide rule / F. Cajori」はhttp://www.remanley.clara.net/cajori.pdfでPDFファイルとしてみることができます(リンク先はなくなっています)。

計算尺の発達史については、「計算尺発達史, 宮崎治助, オーム社, 1956」に大変詳しく書かれています。私はこの本を「東京都立中央図書館」で見つけました。この図書館では閉庫に入っていました。

このページは参考文献を読んで得た知識を基に、独自の文章で書き表したものです。「The Slide Rule, Cajori」の日本語訳は計算尺推進委員会管理人によるものです。表は参考文献内の記述及び写真を基に作成しました。